ちょっと一言

正露丸事件 −のれんを守るための努力−

 機会があって、「正露丸事件」を調べることになりました。調べてみたら、とても面白いですね、みなさんに紹介したくなりました。2007年の大阪地裁判決なのでご存知の方も多いと思いますが、ご存知の方は、無視してください。

 原告は大幸薬品、被告は和泉薬品工業でした。下の写真で、左側が原告製品、右側が被告製品です。

 パッと見、ものすごく似ています。不正競争防止法を根拠に訴訟を起こしているのですが、原告が勝てるような気がします。ものすごく似てるじゃないですか。

 でも、結論は、原告・大幸薬品の負けでした。

 大幸薬品は、商社はパッケージ全体で商品を認識している。パッケージ全体があまりに似ているので、消費者は誤解して、大幸薬品の製品だと思って購入してしまう、と主張しました。

 さらに、大幸薬品は、多額の費用を投じて製品の宣伝活動を行ってきたこと、その額は、過去10年で60億円にもなること、その結果、販売実績が圧倒的になったこと(シェア81%)を挙げました。500名にアンケート調査を行い、86%の人が「正露丸といえば、特定会社のもの」という答えが出てきたことも主張しました。

 一方、和泉薬品工業の方は、消費者が認識しているのは、パッケージ全体の包装ではなく、「ラッパのマーク」であると主張しました。

 裁判所は、大幸薬品の主張する、多額の宣伝活動、販売実績、シェア、消費者の意識を認めました。しかしながら、パッケージ全体には他社製品と差別する能力「出所表示機能」が無いと判断しました。「出所表示機能」を有するのは「ラッパのマーク」である、としたのです。

 『正露丸といえば、大幸薬品』と思っていた小生にとっては、意外な結論でした。でも、判決を読み進めていくと、「これで仕方がないなあ」と考えるようになりました。判決文の以下の部分が決め手のような気がします。

 「以上の点に加え,昭和52年以降本件訴え提起までの間に,原告が「正露丸」の名称で本件医薬品の製造販売を行っている他の業者に対し,その名称の使用を排除するための措置をとり,実際にその使用を中止させたことは一度しかない」

 そうです、30年間、放置してきたのです。このことが、他社に「既得権」を与えることになってしまいました。のれんを守るためには、「味の素(TM)!」のような努力が必要なんですね。

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左:大幸薬品HPより 右:被告製品目録より

「正露丸」の商標問題 −「正露丸」は普通名詞−

 今回、初めて知ったのですが、「正露丸」という名称は、「普通名詞」なんですね。昭和29年に大幸薬品が商標権者になっていますが、他社から無効審判請求が行なわれ、昭和46年、東京高裁で「商標権無効」となっています。

 判決には、「正露丸」のルーツは、「征露丸」と書かれてありました。日露戦争のあたりに製品化されましたが、ロシアを征服するという意味で「征露丸」と名づけられ、明治38年、鳥栖製剤合資会社が商標登録を行なっています。

 しかしながら、大正15年、「征露丸」という名称は「日露間の平和回復後は、その語意にてらし国際間の通義に反し秩序を紊るものである」として、商標権の効力が失われています。

 その後、「征露丸」「正露丸」「せいろ丸」「セイロ丸」「セイロガン」は、すべて同一の事物を指称する語として一般に認識されており、「これらは、「征露丸」の命名および本件医薬品の創製の前記特殊事情にもとづき、もともと商品の出所表示力に乏しい語として誕生し、しかも、その後多年にわたり、不特定かつきわめて多数の業者により全国的に本件医薬品の名称として使用された」と昭和46年の東京高裁判決は述べています。ちょっと意外でした。

(M.S.)

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