ちょっと一言

ごみ貯蔵機器事件 −知財高裁・大合議−

1年ぶりに知財高裁・大合議が開かれました。今回は、損害賠償額に関するもので、2月1日が判決言渡日でした。

特許の内容

特許権は、「赤ちゃんが使ったおむつのポット」に関するもので、特許を使った製品が「クルルンポイ」というものでした。

右の図が、特許明細書に載っている「本発明の図面」です。使用済みのおむつを上から入れて、上部のノブを1回転すると、おむつが「ソーセージの中身」のような形で包まれます。まさに『腸詰』状態。作用効果としては、「におわない」「手が汚れない」です。それに、何個かのおむつを連続で処理・貯蔵できます。そして容器の中がイッパイになったら、取り出してポイと捨てることができます。

特許権者と被告の関係

特許権者は英国の「サンジェニック」という会社です。サンジェニックは、「コンビ」という会社に独占販売権を与えています。

特許権を侵害したとして訴えられた会社は、「アップリカ」です。大阪にある会社で、ベビー用品を販売しています。

平成5年(1993年)ごろ、サンジェニックは旧アップリカを日本の総代理店とする契約を行なっていました。ところが、平成20年(2008年)、旧アップリカは経営が行き詰って破綻します。そして、アメリカのニューウエルという会社に事業を譲渡します。サンジェニックは、平成20年10月、新しいアップリカとは販売代理契約を更新しないことにしました。コンビに総代理店を変更したのです。

新アップリカは、サンジェニックとの契約が終了してからも、紙おむつ処理ポット「におわなくてポイ」という商品を販売しています。新聞情報によると、中国で製造しているようです。

東京地裁の判断

東京地裁で激論が交わされた模様です。判決文は141ページにわたります。

判決は、「特許権侵害、被告は侵害製品を輸入、販売してはならない。侵害製品を廃棄せよ。損害賠償金2,114万円を支払え」というものでした。 特許権者サンジェニックは勝利したのですが、控訴しました。損害賠償額に対する判断に不満をもったようです。

損害賠償額2,114万円の根拠ですが、特許法102条3項でした。実施料相当額を支払えというものです。特許権者のサンジェニックは、特許権者が受けた損害の額が要求できる特許法102条2項の適用を主張しましたが認められませんでした。

特許法102条2項
特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。
そこのところの判決文を抜き出すと、以下のとおりです。

「原告は,コンビ社に独占的販売権を付与し,わが国におけるごみ貯蔵機器に関する原告製品の輸入及び販売等は,コンビ社において担当していたものと認めることができるのであって,原告が我が国において本件特許権を実施していたと認めることはできない。したがって,原告においては,特許法102条2項の推定の前提を欠き,同条項に基づき損害額を算定することはできないというべきである」 つまり、サンディックは、日本において特許発明を実施していないから102条2項は適用できないというのです。

    

知財高裁の判断

控訴された本事件、知財高裁は重要事項と判断、大合議にしました。102条2項の解釈に対する知財法曹界のジャッジを明確にしようという意図があったと思います。

知財高裁・大合議の判断は、東京地裁とは異なりました。「102条2項の適用は可能」と判断しました。

102条2項が立案された背景から話が始まっています。102条2項は、損害額と特許権侵害行為の因果関係を立証するのが困難なので設けられたものであり、立証の困難性の軽減を図った規定である。その趣旨からすれば、102条2項を適用するための要件を、ことさら厳格にする必要はないというものです。

この判断により、損害賠償額は、1億4,800万円になりました。東京地裁判決の2,114万円の7倍です。

感想

102条が改正された平成10年(1998年)、当事者として特許戦争の真っ只中にいたワタクシには、今回の知財高裁の判断は、きわめて妥当でスッキリするものでした。判決を下した飯村裁判長も、平成10年には、東京地裁で大きな事件を担当していました。同じ時代を生きてきたもの判断は感覚的に似ているようです。

102条の改正前の1995年、『有馬レポート』なるものが出て、損害賠償額が日米であまりに違うので、日本でも特許侵害に対して厳しい措置を取れるようにしなければならないということが叫ばれました。そして、104条が改正され、102条が改正されました。仕上げが知財高裁の創立でした。この時代の出来事がみんな体に染み込んでいます。

知財高裁の判断に同調する一方で、東京地裁の判断は理解が困難です。102条2 項の適用条件に「日本で特許を実施していること」を挙げていますが、その条件 がどこに記載されているのかわかりません。(勉強不足でしょうが) 事件の中で被告が主張した名古屋高裁の判例との整合性を考慮したのでしょうか。たしかに、特許製品を輸入し販売しているのは、総代理店のコンビ社であり、サンディックではありません。でも、サンディックは損害を被っています。法的正義感からすれば違和感が残ります。

今回の知財高裁・大合議判決。102条2項に関する解釈が明確になりました。

(M.S.)

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