新刊書紹介

新刊書紹介

中国ビジネスの法務戦略―なぜ日系企業は失敗例が多いのか―

編著 范云涛 著
出版元 日本評論社 A5版 296p
発行年月日・価格 2004年7月20日発行 定価3,675円(税込)

本書を執筆された范 云涛先生は、中国弁護士でありながら日本で法学博士号を取得するなど、日本の法律にも精通した凄腕弁護士であり、日本企業の「駆け込み寺」ともいえる存在である。本書はそんな范先生が日本企業の対中政策を憂い、ひいては日中両国の将来的発展に想いを寄せ、愛情をもって日本企業に警告を行った書である。

本書のタイトル「なぜ日系企業は失敗例が多いのか」という問いかけに身の毛が逆立つ方も多いのではないか。中国に限ったことではないが、ある国の法を理解するためには、その背景にあるその国独自の文化、政治構造、法思想等まで立ち入らねばならない。中国法、つまりは中国伝統文化に対する理解ないまま、危機管理意識ないまま、安価な労働力のみを求めて対中投資を行ってきた日本企業は今後も失敗を繰り返す。「人治国家」性に失敗の原因を求める、先入観に満ちた態度は、単に日本企業のリーガルマインド欠如の言い訳である。

本書は第1章「対中投資事業の再編成」において日本企業の失敗例を実例入りで紹介し、そのリスクを分析する。第2章「地殻変動期の中国の法体制」では現代中国の法・政治・社会状況が法社会学的な視点から掘り下げられる。特に第5節「中国人の法観念、契約意識」は中国伝統ゆえの中国人法意識を解説するもので、我々日本人とは大きく異なる思考回路の醸成に読者はショックを受けることになろう。

第3章「進出事業の失敗例に学ぶ」ではWTO加盟後の法改正動向が説明された後、筆者の日本法律事務所勤務中の豊富な経験に基づき、様々な事例が紹介される。この事例自体驚きの連続であるが、中国文化を知る中国人弁護士ならではの分析、アドバイスはどれも示唆に富むものとなっている。

引き続き第4章「清算・撤退の紛争処理に学ぶ」では、撤退、生産の事例とこれに対する分析、アドバイスが述べられ、第5章では「知的財産権をめぐる日中紛争とその対策」と題されて中国知的財産権保護の現状が概説された後、具体的な事例の解説が行われる。ここでも異国での知財対策において我々が留意せねばならない事項が山積みであることを再認識させられよう。

第6章「日中貿易摩擦の法務戦略」では、中国のWTO加盟後の現状と両国間リスクヘッジ達成に向けた教訓が述べられる。

中国のWTO加盟の効果に期待した第三次対中投資ブームの成功は日本経済の再生に必須の条件であり、リーガルマインド欠如が思わぬ結論を招くことはなんとしても避けねばならない。対中トラブルの失敗を決定付ける原因が(1)意思決定の遅さ、(3)紛争に巻き込まれたときの諦めが早さという日本企業の体質にあると指摘する筆者の言葉は身につまされるものがあろう。

ショックも大きいが学ぶところも大きい。日中間ビジネス問題を、両国伝統と人間性から綴った本書は、ドキュメンタリーとしても刺激的な一冊に仕上がっている。

(紹介者 会報広報委員 大野義也)

新刊書紹介

中国の知的財産権裁判と重要判決−実際の事件と判決および裁判過程の再現−

編著 周 林 編著、劉新宇 訳
出版元 経済産業調査会 A5版 472p
発行年月日・価格 2004年10月10日発行 定価4830円(税込)

中国における日本企業の特許出願件数は上昇の一途をたどり、出願件数トップ10のうち半数以上を日本企業が占めるに至っている。

今後、中国において特許権に基づいた様々な紛争が多発するものと予想されるが、それに見合うだけの訴訟に関する情報を我々は手に入れているだろうか?

本書はそんな我々、日本企業の悩みを解決するとともに、無知ゆえに我々の心底に芽生えた不安を解消してくれる一冊である。日中間での文化・歴史の違いは我々にあらぬ恐怖を植え付ける。日本と同じようには裁判されないのではないか、不利に扱われやしまいか等々。国が違う以上その国独自の判断がされるのは当然にしても、本書を読めば高度に衡平な判断が高度な衡平感覚をもつ裁判官によってなされていることに安心を覚えるであろう。紹介を担当する小職が本書に接して最初に感じた印象である。

本書はそもそも、実際の判決事例を元に三人の裁判官がそれぞれ、あたかも判決を行うかのごとく評釈を行ったものである。日本では実現しにくい構成で好評を博した原著の加筆翻訳版であり、裁判官どうしの意見の一致対立を通して中国における裁判官の判断動向を知ろうとする書である。合議体において異なる意見が混在するのは当然のことであって、むしろ各々が法に則って論理的で妥当な結論を導いていることが分かる。

簡単に本書の概要を紹介しておこう。
まず、「概論」として中国における裁判制度の概略と問題点を指摘した論文2本が掲載されている。これだけでも中国裁判実務を知る貴重な資料となろう。ここで指摘される問題点は中国裁判制度の根幹を知る手助けともなる。

次いで本書の目玉部分、十六件もの裁判事例が紹介され、それぞれについて三名の裁判官による模擬裁判が行われる。これを比較して論評を加えるのは主編者である周林博士である。博士の鋭い視点を通した対比が行われた後、実際の判決が紹介される。裁判官三名の判断から中国での一般的判断基準を窺い知ることができ、これと実際の判決を比較することでこの判決の妥当性が判明する。

ここでは、日本語版発刊に向けて日本企業が関係する判決が三件新たに紹介されており、我々としても興味をもって読むことができるようになっている。

仮に日本の裁判を題材にして日本の裁判官三名に個々判決文を書いてもらい、これを比較する、といった書が日本で発売されれば大きな衝撃を呼ぶであろう。この様な新たな試みの初輸入を決断した経済産業調査会に拍手を送りたい。

以上、画期的な構成で中国裁判官の判断基準を窺い知れる本書は、単に裁判手続き紹介したにとどまらず、かつてない手法により裁判官の判断実務を解き明かした書として貴重な書となろう。ここに本書を自信を持って推薦したい。

(紹介者 会報広報委員 大野義也)

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