新刊書紹介

新刊書紹介

クラウド時代の法律実務

編著 寺本 振透 編集代表
西村あさひ法律事務所 著
出版元 商事法務 A5判 297p
発行年月日・価格 2011年1月15日発行 3,500円(税別)

 最近,クラウド・コンピューティングという言葉を耳にする機会が多いが,その意味するところをはっきり理解していると自信を持って言える人は少ないのではないだろうか。それもそのはずで,その定義は確立しているとは言えず,それこそ雲をつかむようなところがある。本書においてもその定義づけは試みられていない。しかしどのように定義したとしても共通した特徴はある。それらのうちの重要な一つは,「抽象化されたコンピュータリソースであること」である。サービスはネットワークを通じてなされ,利用者は計算処理が実行されるコンピュータの機種や物理的な所在地を気にする必要がない。正にコンピュータが雲の中にあるようなものである。利用者はこのような特徴を持つクラウドによって「メンテナンスコストを抑えられること」などのメリットを享受できる一方,システムの中身を詳しく知ることができないゆえの不安を感じる。
 本書では,まず第1章で,クラウド・コンピューティングの特徴や分類,メリットについて整理し,さらに一般に言われている不安を紹介している。そして情報セキュリティの観点からリスクが細かく分類・分析されている。このリスク分析は本書における重要な部分である。ここを読むことによって漠然とした不安をかなり具体的なものとして捉えることができ,これからクラウド・コンピューティングの導入を検討している人は,自社の状況や導入候補のサービスに当てはめて考えることができるであろう。第2章では,それらのリスクに企業の取締役の立場からどう対処すべきかが述べられている。第3章では個人情報保護の観点から検討が加えられている。第4章では弁護士や医師の秘密保持義務との観点から検討が加えられている。
 知財管理誌の読者が興味を覚えるのは第5章「クラウド・コンピューティングと知的財産権の保護」,第6章「クラウド・コンピューティングと米国のディスカバリ制度との交錯」であろう。クラウド上で著作物の違法な複製が行われた場合,誰が侵害の主体と認定されるのだろうか?カラオケ法理はどこまで適用されるのだろうか?どこまでが私的な複製なのだろうか?侵害訴訟の国際裁判管轄はどうなるのだろうか?準拠法はどのように決定されるのだろうか?クラウドはeディスカバリとどのように交錯するのだろうか?5章,6章ではこれらの疑問に光が当てられている。
 最後の第7章はクラウド・コンピューティング事業者の責任について論じたものであるが,利用者の立場からも概観しておく必要があると思われる。
 本書は,クラウドというつかみどころのないものに立ち向かうきっかけとなるだろう。

(紹介者 会誌広報委員 H.T.)

新刊書紹介

改訂版 米国特許法−判例による米国特許法の解説−

編著 山下 弘綱 編著
出版元 経済産業調査会 A5判 780p
発行年月日・価格 2010年10月27日発行 6,800円(税別)

 本書は,2008年4月8日に発行された初版の改訂版である。「知財管理」誌でも初版について以前紹介をしている(2008年9月号)が,米国において判例を勉強することがいかに重要であるかを改めて認識していただくために,改訂版が発行されたことを機にもう一度紹介する。

 コモンロー(判例法)とエクイティ(衡平法)の国アメリカにおいて判例が重要であることは言うまでもないことであるが,「判例は長く,難しく,読むのが面倒であるが,急がば回れ」であると筆者も述べている通り,日々地道に勉強を続けていく必要がある。
 本書は,特許法における個々の制度の“考え方”をよく表している判例を選択しており,判例を通して“何故,そういう制度なのか”が理解できるような構成となっている。
 今回は初版から約2年間にだされた9件の判例が追加されており,ビジネスモデル発明に関するBilski判決,消尽に関するQuanta判決などが追加されている。さらに特筆すべきは,米国特許制度に特有な情報開示義務制度についての記載がかなり追加されている点にある。これに違反すると,その特許は権利行使ができないことになる。この考えは日本にはないものであり,特許実務者は日頃の業務で特に注意して当たらなければならないものである。最近の不衡平な行為に関する判例は,どのような情報を,いつ,どのようなタイミングで開示すべきなのか,についての判例が多く,本書ではそのいくつかが紹介されている。
 書の構成上の特徴は,なんといっても原文(英文)が併記されている点である。やはり米国特許法についての解説本なので,日本語で十分表現しきれない部分もあるので,原文が併記されていることはありがたい。この手の書籍では執筆者の独特な見解が記載されることが多いが,本書では,あまりそのような記載は見られず,原文を掲載していることもあり判例をそのまま習得することができる。
 また,「はじめに」にも記載されているが,本書の内容は筆者がロースクールで学んだことをベースにして記載されているため,米国特許弁護士が学ぶ内容に近い学習をすることができる質の高い書籍ではないかと思われる。
 前回の紹介文でも述べているが,是非会社内の勉強会資料として活用してみてはどうであろうか。

(紹介者 会誌広報委員 Y.O.)

Copyright (C) Japan Intellectual Property Association All Rights Reserved.