新刊書紹介

新刊書紹介

知財活用の局面・目的に応じた知的財産価値評価の実務

編著 大津 洋夫 著
出版元 経済産業調査会 A5判 680p
発行年月日・価格 2019年7月23日発行 7,000円(税別)
 本書は新しい知財価値評価手法の提案ではな く,知財活用が想定される局面・目的別に分類した上で,既存の評価手法を駆使して,実際の評価の考え方や手順を,そのポイント,留意事項などにも言及しつつ解説した実用書であり,全三編から構成されている。

 第一編では評価を行う上で必要知識となる主要な評価手法を紹介している。コストアプローチ,マーケットアプローチ等の定量評価や,スコア化アプローチ,確率的アプローチ等の定性的評価について,その概要,手順,ポイントを解説した上で,特許権,商標権といった知財の種類に応じた特有の考えにまで言及することで,知財評価実務の未経験者であっても主要な 評価手法を体系的に学べるよう構成されている。

 第二編及び三編は本書の中核部分であり,特に第二編は,(ⅰ)知財の価値評価を9の局面別・目的別に分類し,(ⅱ)分類毎に特徴や留意点を整理し,(ⅲ)代表的な評価モデルを参考事例として示しているなど,内容が充実している。

 本書を読み進めると,評価にあたっては,活用の目的やニーズの適正把握が如何に重要であるかを理解でき,局面や目的別に分類することの意義が認識できる。これらの理解があってこそ,第二編に掲載された10個の評価モデルが生きてくると感じた。自身が知財評価をする立場になった際には,評価対象が本書の評価モデルのいずれに近いかを見極めながら実施していくことになるのではないかと考えられる。

 また,分類された局面には,知財マネジメントによる企業価値最大化の局面や,ライセンス目的の局面,職務発明のいわゆる相当利益の算定局面など,知財価値評価では比較的馴染みの多い局面は勿論のこと,昨今注目が増しつつあるM&A局面の他,移転,ライセンス,紛争処理,税務処理などの局面までをも網羅しており,本書の利用価値を一層高めている。

 第三編は定性価値評価の中でも利用場面が多いと考えられるスコア方式に的を絞って実務の紹介をしている。 本書によれば,定性的評価では,評価人にとって評価要因の選定や重みづけが大変難しい作業となるとのことであるから,第三編に掲載の6つの評価モデルを十分に活用していくべきだと感じた。

 知財価値評価の実務は難しい印象を持っているが,本書のように評価モデルを含めて実務上のポイントを多く取り込んだ実用書は,ある程度の経験値を有した方にも有用な情報源になると考えられる。一読の価値がある本としてお勧めしたい。

(紹介者 会誌広報委員 E.H)

秘密保持契約の実務(第2版)

編著 森本 大介,石川 智也,濱野 敏彦 編著
出版元 中央経済社 A5判 304p
発行年月日・価格 2019年9月13日発行 3,000円(税別)
 本書は前半で秘密保持契約(以下,「NDA」 とする。)全般について,後半で営業秘密や限定提供データに関する契約上の留意点について解説している。企業の知的財産部門や法務部門等の契約担当者にとって, NDAの作成やチェックは基本業務の一つといえるだろう。多くの企業にとって,NDAは数ある契約書の中でも件数は多い方ではないだろうか。実務上も,取引検討開始時に儀式的に取り交わされることもあると思われる。NDAの具体的な留意点の参考文献は決して多くない。多くの企業ではOJTによって担当者を育成しているのが実情ではなかろうか。OJTは安価で実践的なスキルが身につく一方で,体系的に学びにくい,視野が狭くなるといったデメ リットがある。この点,本書は契約担当者にとっては既に学んだ内容を体系的に確認する意味でも有益だと考える。実際に評者自身が契約担当駆け出しの頃に上司から教わった内容が詳述されており,懐かしい思いに駆られた。

 本書を読み進めていくうちに,気付かされた点もいくつかあった。例えば,秘密保持契約書のひな型に一般的に規定されている秘密情報の目的外禁止についてである。株式譲渡を検討する目的で締結するNDAでは,このようなひな形では,対象企業に関する情報を受領した株式譲受企業は,仮に株式譲渡が実現した場合でも当該情報を自由に使えないこととなってしまう。このため,本ケースのような場合では,株式譲渡が実現した場合に,譲受企業は受領した秘密情報を自由に使用できる旨を明記することを提案している。株式譲渡に関わることはそう多くはないかと思われるが,このような考え方は企業間でのM&Aやアライアンスなどの場面においても応用できるだろう。
 また,前半部分のNDAに関する解説は約100頁とコンパクトに纏められており,契約担当者以外にとっても読み易い。

 後半では,営業秘密や限定提供データについて,手厚い解説がなされている。とりわけ限定提供データについては現時点で評者が知る限り,体系的な解説書は経産省のガイドラインを除いて見当たらず,その意味でも貴重な内容といえる。また,日本企業が海外企業を相手として営業秘密や限定提供データの侵害訴訟を提起する場合の国際裁判管轄についてなど,他の文献ではあまり言及されていない論点についても触れられている。

 このように,本書を一読すれば,秘密保持契約の構造のみならず営業秘密や限定提供データについてもその概要を十分に理解できるだろう。是非手に取って頂くことをお勧めしたい。

(紹介者 会誌広報委員 K.I)

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