新刊書紹介

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競争法ガイド

編著 デビッド ガーバー 著 白石 忠志 訳
出版元 東京大学出版会 A5判 240p
発行年月日・価格 2021年6月18日発行 3,300円(税込)
 業務に携わる中で競争法にも関わっているが,未だに全体像を把握できない。一般的にも競争法は分かりにくい,と言われている。このような難解な競争法の構造に光を当て,理解に躓いている実務担当者に対して書かれたのが,本書である。
 著者は,競争法が分かり辛いのはいくつかの原因があるためだと指摘する。このうちの二つを紹介したい。一点目の要因は,競争法が外国からの影響を受ける側面について,多くの専門家があえて触れていない,ということがある。日本の独占禁止法も,多くの企業にとって昭和と平成以降では事業上の重要性は大きく変わっている。実際,カルテルなどによって摘発があった場合,多くの違反者は「今まで問題になっていなかったのに何故?」と口にする。このような運用状況をめぐる変化について,諸外国からの「外圧」について触れている識者はそう多くはない。二点目の要因は,競争法は変化が速く,年代ごとに目的も変化していると指摘している。こう言われてみると,いわゆるGAFA規制をめぐって,本分野の論文で高い実績のある若手の女性法学者をトップに抜擢した連邦取引委員会と,GAFAとの昨今の米国での対決構造も容易に理解できる。
 上記を前提として,三つの観点から競争法を分析している。一つ目は,競争法の規制対象行為を,歴史研究や国際比較を専門とする著者の目で一つ一つ検討していることである。この点,競争法の運用実績のある先進国なのか,競争法を制定して間もない新興国なのかで重点を置く違反類型が異なる,という解説は著者ならではの分析であり,視野を広げることに役立つだろう。例えば前者に位置付けられる日本からの視点では,競争法に投入される人的,物的リソースが異なっていたり,本来の目的とは異なる利用がなされたりするラテンアメリカにおける法域を理解することは困難である。
 二つ目は,米国と欧州,その他の法域における競争法を,それぞれの経済や社会,歴史的あるいは政治的背景,法制度や国際的な役割などから解説している点である。同じ競争法と言ってもそれぞれ全く異なる経緯や目的で制定されており,このことを把握しなければ全体像を理解できない,という指摘は傾聴に値する。
 三つ目は,近年のデジタル化が市場と競争法に及ぼす影響について概観している。ここでも,デジタルプラットフォームに対する法規制の問題や,競争法への影響について,著者ならではの視点で問題点を分析していることである。例えば,競争法は民法や刑法と異なり後発的な法令であるため,変化の激しい環境下では同一のトピックスであっても専門家同士のコミュニケーションにおいて齟齬が生じるリスクがある,と分析している。
 上述の通り,競争法は様々な背景や影響を考慮しながら解釈する必要がある。同法は難解だが,その分これらの事情を知ると逆に興味を持てると確信する。その一助として,本書は手元に置きたい一冊である。

(紹介者 会誌広報委員 K.I)

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