役員談話室

白色矮星の妄言:「人材変態の反応動力学」

2008年01月10日

先日、超難解な論文をこのコーヒーブレイクに寄稿してくれた人材育成委員会委員長代理の津田哲明さんが昨年末で永年勤続された住友金属工業(株)をご退職され、その退官記念に自らのサラリーマン生活37年を総括される論考を寄せてくれました。多くの人があの難しい宗定さんの論文よりもっと難しいと評した津田さんの前論文に比べるとはるかに読み易くユーモア(少しピリ辛のブラックユーモア)も交えて企業乃至はその他の階層組織社会における人材の変態(metamorphosis)についてのお話をしてくれました。

ご本人は、自分の人材変態を以下のように総括しておられますことを添えて、皆様に本年初のコーヒーブレイクをお届けします。

若い方は、これからの人生設計の参考にしてみてください。

  • 人在期間=3年(入社直後、ただ居ただけ)
  • 人材期間=18年
  • 人財期間=6年
  • 人罪期間=7年
  • 人済期間=3年(退職前、もう済んでいる)

宗定

図1:人材変態の反応動力学

2007年11月06日付けCoffee Breakで、「4つの(サラリーマン)人材」という実に興味深い「静的平衡状態図」が示されていたが、更に階層組織社会(企業サラリーマン組織を含む)での「動的プロセス」について深堀してみた。毛虫から蛹を経て蝶に変態するように、企業で入社から退職にいたる道程を人材の変態過程として描くと図1「人材変態の反応動力学」のようになる。製法特許の図式で書くと、出発物質=「人在」(入社直後の新人社員)から、到達物質=「人済」(退職直前の社員)となる。
製造プロセスが、「人在」⇒「人財」+「人材」+「人罪」⇒「人済」というOverallな反応過程となり、中間生成物として、「人財」、「人材」、「人罪」が生成される。人材変態には3つのPhase(期)がある。青春のまぶしい輝きを放つ「人在」が、実力をつけて人材活性体*となる「傲慢期」、組織の中で錯綜しながら「人財」・「人材」・「人罪」へと分化してゆく「焦燥期」、いろいろあったが皆ご破算となる「諦観期」を経て、最終Productである「人済」に達する。

素反応(1) 「熟達化の10年ルール」

人間の利己心に基づく「市場交換経済」と「分業制度」とにより富を創造する生産性が急成長することを見抜いたのはアダム・スミス1)であり、産業資本主義経済の大発展は熟練Specialist(分業・専業)に支えられてきた。特に高度な知的熟練のための期間に関して「熟達化の10年ルール」があり、松尾2)によれば「よく考えられた訓練」や「良質の経験を積む事」を経て知識・スキル・信念のレベルアップが図られる。特に、複雑で多様なスキルを必要とする職務の熟達者、例えば自動車営業と不動産営業担当者等で、高業績につながる営業スキルについて、10年ルールが検証されている。

素反応(2) 「世ニ伯楽有リテ、シカル後、千里ノ馬アリ」

「道」と「歩むべきその道の先達」とが見つかると「人財」への変態が促進される。学習者に対して関心をもって、暖かい目と長い目で見守るMentorの存在と学習者自身の「積極的で内発的意志」との出会いが要となる。松尾2)によれば、学習者には自尊心、楽観性、好奇心、柔軟性などの素質・素養があり、Mentorにより「挑戦的で厳しい仕事」を課されて、本質課題の形成、考え方の基本、自信と高い志などについて、Mentorよりface-to-faceで薫陶を受けることが実効あるようである。組織風土・文化も大きな影響がある。河合3)は、個性の伸長に役立った事例として、京都大学名誉教授(生物学)・日高敏隆との対談集の中で、小学3年の不登校体験について書いている。担任教師が家庭訪問に来るなり、敏隆少年の気持ちを察し「お前は自殺しようとしている」と親の面前で指摘し、次に昆虫学という少年の「好きなこと」をやらせるように両親を説得した。更に、通学している軍国主義教育中心の小学校は不適切と判断し「今の学校はお前に合わない。すぐに、別のある学校に転校しなさい」と言う話である。企業で上司が部下を育成するのは実に難しいが、上司は権力を握っており、部下の能力・資質を潰すのはたやすいと言う非対称性がある。企業知財部門において「誰が」、「誰を」、「何のために」育成するのか?という事がポイントであろう。

素反応(3)「人罪」誕生のメカニズムは複雑で謎が多い。しかも、トップ、経営役員層、部長クラス、課長クラス、現場実務層のすべての階層で発生するようである。

  1. 素質・素養説:幼い頃から塾通いと受験校で優等生となり、就職に有利な大学を卒業し、花形の大企業へ就職。「知識の詰め込み」と「正解の決まっている問題をできるだけ早く解く訓練」に終始してきたため、複雑な人間関係対応力や課題形成力・問題解決力などが欠落して行き詰まり、過保護でひ弱な体質から「人罪」へと変態する。むしろ逆に、学業成績はカフカ全集(優・良がなく、可と不可の評点のみ)でも、「遊び」という創造過程を十分に謳歌した学生の方が企業入社後に伸びる傾向があるとも言われている。
    一方、生物の進化論de Lamarck(1801)-Darwin(1857)-Dawkins(1976)の相乗作用{即ち、[獲得形質]*[選択淘汰]*[文化複製・模倣ミーム因子]}に倣い、環境因子との相互作用をより重視する見方もいくつか散見される。
  2. 職位(ポスト)不足説:「僧多くして、粥少なし寓話」とも称される
    江坂4)によれば、人はポストを目指して努力しており、またポストが人を作るという考えが背景にある。 第2次世界大戦後に日本は安くて良い工業製品を作る「加工貿易輸出ビジネスモデル」を援用し、欧米からの技術導入とその改善を通じて効率的なキャッチアップを達成し、高度経済成長を遂げた。 仕事に燃える滅私奉公・高忠誠心型の企業人材が大企業で台頭したのも、終身雇用・年功序列・企業別労働組合などの利益誘導体制の下支えを、拡大再生産し続ける成長経済が担保していたからである。宗定5)によれば、 必需品経済が成熟飽和すると、新たな市場・需要創造が本質である「非必要経済」への離陸に繋がる「知識集約型産業」へと産業構造をシフトさせる事が極めて重要となる。近年、英米Anglo-Saxons資本主義は、先進国での経済成長率鈍化に伴い有利な事業投資先が減少することにより生じた巨額余剰資金やBRICs地域での 必需品経済成長に伴い石油など1次資源の奪い合いによる価格高騰で生じる巨額の余剰資金に対して目をつけた。金融機関による信用創造というレバレッジや先物の黒魔術も駆使しGlobal金融IT資本主義という「高度知識サービス産業」に注力して、国民一人当りGDPの躍進が際立っている。国民保有資産の面からも、 日本企業知財部員の貯蓄は、日系銀行・保険業等を通じて米国債や日本国債を間接的に転換所有されるが、米国知財弁護士や米国企業の知財部員は、 欧米ならびに日本の高収益企業の株式・社債を直接もしくは、機関投資家や投資ファンドを通じて間接的に所有すると言う構図となっている6)。 当座消費に回されない労働者の年金原資も労働者の自己責任のもと、年金基金ファンドを通じてこの金融資本主義の投資に回される。 また、BRICs地域での必需品経済成長への離陸は、日本企業がこれまで得意としていた工業製品のコモディティー化に拍車をかけている。 ところが、低成長経済に突入した日本では、しがらみの多い同質的組織と過去の成功経験が足枷になって、事業ドメイン変革やビジネスモデル新構築のできない企業も多く、 特にGlobal市場に事業成長展開ができなかった企業では、もっぱら減量経営・事業再編を進め人材解雇や組織フラット化に走った。 このような慢性的なポスト不足が、「人罪」発生の温床だと江坂4)は指摘している。人員年齢構成がピラミッド型分布から釣鐘型分布、 甚だしくは、逆ピラミッド型分布となった組織の中高年層に顕著にみられるとされる。
  3. 「師弟関係の二乗比例の法則」
    情緒過密社会に潜む嫉妬や愛憎・好悪の構造・倒錯的内部競争(上を向いての人脈、気配り、根回し、ゴマすりなど)に起因して、権力組織のカラクリに通暁した社内遊泳術や保身のための老獪な処世術にたける茶坊主が主流を占めてゆく組織にあっては、「人罪」が発生しやすいようである。明治時代に別子銅山を売却して負債返済をして住友家を守ろうとした時に、広瀬宰平が御家命に逆らい、「住友を守ることは家長を守ることでなく事業を万世不朽とすべし」と身を挺して上奏したと言う「逆命利君、謂之忠」伝説は、昨今ではバッサリと上意討ちに遭うだけであろう。
    東京大学名誉教授(冶金学)増子の「師弟関係の二乗比例の法則」7)
    「一流の師から一流の弟子が育ち、二流の師から四流の弟子ができ、三流の師から九流の弟子が生じる」が、まさしく適合する状況であろう。
    米国リーダーシップ論の大家であるハーバード大学名誉教授コッター8)によれば、「企業トップ層に昇進する人材が、変化に乏しく安定した自社のコア事業を経てエリート街道を歩み、出世の手練手管には長けているが、急激な顧客のニーズ変化とか未知の社会状況と遭遇した時に、新しいビジョンを打ち出すとか、イノベーションを起こすとか、新規事業を立ち上げるとか、企業変革に必要なセンスが身についておらず、リーダーシップを効果的に発揮できていない」と述べている。企業の栄枯盛衰は「変化対応力」が鍵なのに、古い成功体験がかえってマイナスに作用して、変革に意欲的な人材が組織内で潰されてしまい、「人罪」が発生するようだ。奇妙にも、勝海舟やアラビアのロレンスなどに見られるように、時代の大転換期や危機的状況がくると「師弟関係の独立則」が成立するようだ。即ち、「危急存亡の乱世においては、師匠の如何に拘わらず、傑出した弟子が現れる」。これは過去の経験や因習で学んだものが殆ど役に立たないからであろう。
  4. 職位上昇に伴う不適応説:“Peter’s Principle”9)とも称されている。
    出る杭は打たれ、異なる生き方・考え方やユニークな発想をする人材を排除する同質的で閉鎖的な日本社会とは異なり、開かれた多様性を謳う個人主義の米国社会にあっても、「人罪」発生はあるようだ。Peter博士は、「階層社会では、その構成員は各自の器量に応じて、それぞれの無能のレベルに達する傾向がある」と述べている。1回、2回と昇進して、新しい地位でも有能であっても、いずれ来る最後の昇進では有能レベルから無能レベルへの昇進になるのが不可避である。このような場合の無能は解雇の原因とならず、ただ昇進にストップがかかるだけである。これは、「階層社会にあっては、組織秩序保全を第一義とする戒律」が支配するからだと考えられている。
    森羅万象に「均衡原理」が働くことは、熱力学の第1法則(エネルギー保存則)、経済学での「完全自由競争市場でのWalras均衡」などの教えるところであり、組織人材を構成要素とする集団である「階層組織社会」でも同様に現れても不思議ではない。
  5. 宇宙の均衡説:「人材総能力保存の法則」
    階層組織社会では「人材育成」の力と並行して「人材つぶし(殺し)」の力も作用するために、「2当量の人材活性体*、もしくは、人材」から、「1当量の人財」と「1当量の人罪」が生じて相殺され、組織全体の人的能力の総和は一定に保存される。これは、少数精鋭・選別教育の矛盾として、人事部門や職場上司にとって頭の痛い悩みの種となっている。

素反応(4)

この反応経路が主反応であり殆どが、この道程を行く。

素反応(5)−1、(5)−2、(5)−3

育成・教育は特定の価値観に準拠した特定のビジョンに基づいて、人財、人材、人罪に分別するものだが、時代環境により価値も絶えず変化するものであるから、中間生成物である「人財」、「人材」、「人罪」は、光と影との関係のように、互いに可逆な筈である。いつの時代でも、世界中どこでも通用するスーパー人材などはありえない。いずれにせよ、どのような中間経路を取ろうと、最後の到達物質は「人済」である。

最後の最後の一言

星の一生は、核融合反応が尽きてエネルギー源を失った太陽(恒星)が、白色矮星となって周囲を照らしながら次第に温度が低くなり、やがて冷え切って黒色矮星となる。「人済」も同様に輝き(オーラ)を周囲に照らし出しながらも、いずれ死の虚無に消滅する運命は避けがたい。人は自分が死ぬ存在である事を知っており、「死をどう受けとめるか?」という課題は、「如何に生きるか?」という課題のコインの裏側にある。経営に資する活動とは結果として、売上げ、利益、株式時価総額の無限増殖に寄与する活動を意味し、経済価値に直結し難いこの重大課題は人材変態過程のすべてのPhaseで忘却もしくは隠蔽されている。また、国際競争力を測る基本尺度は、資本1単位あたり、或いは、労働1単位あたりの「生産性(時間効率性)」で決まる筈であり、エンデ10)が描いているように、『人の心から時間を盗む』灰色の男たちが暗躍する思想が根本にある。山本11)によれば、個人はつねに何らかの社会集団(家族、民族、企業、地域社会、道楽仲間、宗教団体、等々)に所属しており、個の意識は所属意識と深く係わっているが、皮肉にも、とらわれなき創造的な自由発想は「無所属の時間」にしか生まれないと言い放つ。赤ん坊として生まれる時と人が死の床につく時が「人間とは本来、無所属である」ことが痛感される機会である。ル=グウイン12)が示唆するには、社会での活躍は「名なき者」に半ば喰われていて、部長、専務、教授、大臣、委員長など「仮の名」でもって生きている人間が、「人済」から「時間の花」10)の最後の花びらが散ってしまうまで数十年の間に、ジブリアニメに登場する魔女の湯婆婆に支配されていた白龍(ハク)がニギハヤミコハクヌシという自分の名を思いだして、魔女の呪縛から開放されたように13)、「真の名(True Name)」を取り戻すと自分の本当の姿を知ることができるようだ。それは、自分が他者によって生かされている事を曇りなき眼で見定めやすい立場になるからであろう。そして、未来の次世代や自然の恵みに対して、各々気の向くまま、身の丈に合った恩返しをすることで、「真の名」を差し出す好機だとも思う。こうして終わりは始まりに、環のようにつながって行く。

『ことばは沈黙に、光は闇に、生は死の中にこそあるものなれ』
― Ursula K. Le Guin:「ゲド戦記」『エアの創造』12)より引用―

参考文献・引用文献

  1. 邱永漢:「国富論―現代の読み方」講談社(1988)
  2. 松尾睦:「経験からの学習」同文舘出版(2006)
  3. 河合隼雄:「あなたが子供だったころ」光村図書出版(1988)
  4. 江坂彰:「人材殺しの時代」文藝春秋(1985)
  5. 宗定勇:「今、日本は」(2006)、「知財経営を目指して」(2007)
  6. 田島哲也:「アメリカの経済構造」中央経済社(2004)
  7. 増子:「金属工学はどこへ行く」金属、 (1987)Vol.52,No12、P2−P4
  8. John P. Kotter:「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー」”マネジャー研修とリーダー教育とは異なる”、ダイヤモンド社、12月号(2002)
  9. Laurence J. Peter, Raymond Hull著, 田中融ニ訳:「ピーターの法則―創造的無能のすすめ」、ダイヤモンド社(1970)
  10. Michael Ende著, 大島かおり訳:「モモ -- 時間泥棒と盗まれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子の不思議な物語」岩波書店(1996)
  11. 山本七平:「無所属の時間」旺史社(1975)
  12. Ursula K. Le Guin著、清水真砂子訳:「ゲド戦記;(1)影との戦い,(2)こわれた腕環,(3)さいはての島,(4)帰還,(5)アースシーの風」岩波書店、(2006)
  13. ジブリ長編アニメーション映画、宮崎駿監督:「千と千尋の神隠し」(2001)

津田 哲明(日本知的財産協会 人材育成委員長代理)

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