役員談話室

総会代行を振り返って

総会代行を振り返って

 本年1月21日の関東総会代行に続き1月24日の関西総会代行をもって、JIPAの歴史上60年強に渡って開催されてきました総会代行に幕を引くことになりました。 この総会代行は、役員の皆様には馴染みがありますが、一体、何年頃から開催されてきたのでしょうか?

 JIPA記念史を顧みれば、1941年7月に総会に代わり、「総会代行幹事会」なるものが開催された記録があります。このころは戦時中であり、総会を開けずに急遽「総会代行幹事会」でもって各種の決議がなされたようであります。ただし、このころには未だ関東部会や関西部会は創設されていませんでした。
 そのあとの歴史を顧みれば、1948年に理事制度ができており、理事長その他役員が総会で選ばれる仕組みができあがったようであります。
 そして、1951年の会則改正でもって、会則に総会代行の規程が入りました。すなわち、「総会の開催が困難な場合には、書面による審議又は各部会の審議でもって総会に代えることができる」という定めです。ただし、未だ、関東部会・関西部会という名称は会則には現れていません。
 それが現れるのは、1961年の会則改定であります。それ以降、現在の形態の関東部会・関西部会での総会代行が延々と開催されて参りました。 この歴史は、「凄い」の一言です。

 本年度の総会代行は、この歴史をヒシヒシと感じつつ、粛々と開催されつつがなく終了いたしました。本当に長い間お疲れ様でした。 この記念すべき最後の最後となった関西総会代行において、議長、副議長の重責を担って頂きました水方氏、清川氏のご両名より感想をお聞きしました。

議長:水方勝哉氏(シャープ蝓

 「たいへん長い歴史を有する関西部会総会代行の最後の議長を担当させていただき、たいへん光栄に存じます。関西では前年度の業種担当理事がかわりべんたんでおこなうという掟になっており、今年たまたま私の番になったという超ラッキーで年初から今年全てのツキを使い果たしてしまったのではないかと心配している今日この頃です。議長のセリフは全てカンペに従えば良く難しいものではありません。しかし、現状シナリオでは副議長のセリフがあまりに少ないので、途中で議長が倒れて副議長にバトンタッチするパフォーマンスまで練習していたのですが、当日お披露目できず残念でした。この様な機会を与えて頂きましたJIPA関係者の皆様にお礼申し上げるとともに、来年度から新たな門出となるJIPAのますますのご発展を心よりお祈り申し上げます。」


副議長:清川貢氏(塩野義製薬)

 「50年を超える歴史がある関西総会代行において、最後の副議長を務めさせていただき、非常に光栄に存じます。皆様のご協力を得て、無事大役を果たせましたことを感謝いたしております。ただ、大役と申しましても、発言の機会は2回で、それぞれ台本で2行ほどの文章を読ませていただく、ということのみで、緊張によるのどの渇きなどを感じることもありませんでした。実は、総会代行が行われた週に偶然水方議長とお会いする機会があり、私にもう少し活躍の場を与えて欲しいとお願いしましたところ、当日、議長交代のパフォーマンスについてご提案いただきました。残念ながら、開始時間まで20分程度しか時間がなく、台本に読めない漢字が多数ありましたことから辞退させていただいた次第です…。来年度以降もJIPAがますますご発展されるよう心よりお祈り申し上げます。」

  • 関西総会代行開始前の記念撮影

  • 副議長・議長お疲れ様です。

 JIPAは、本年4月1日より「一般社団法人日本知的財産協会」に生まれ変わります。総会代行はなくなりますが、新たな思いと新たな制度の下で勢力的な運営がなされていきます。引き続き、皆様方のご支援とご協力を宜しくお願いいたします。

以上


岡崎 秀正(日本知的財産協会 関西事務所長)

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