専門委員会成果物

実施可能要件の拒絶を克服するために行った出願人の主張によりクレーム範囲が限定解釈された事例

CAFC判決 2019年8月12日
Iridescent Networks, Inc. v. AT&T Mobility, LLC, et al.

[経緯]

 Iridescent Networks, Inc.(I社)は,AT&T Mobility, LLC(A社)およびEricsson Inc.に対して,特許8,036,119(’119特許)についての特許侵害を提訴した。
 ’119特許は,「伝送中のデータ遅延とデータ損失の最小化,および,高帯域幅を要求するアプリケーションに保証されたオンデマンド帯域幅を提供するネットワーク通信のシステムと方法」に関するものである。
 クレーム中の「高品質なサービス接続」という文言について,地裁は,下記解釈を行いA社らは’119特許を侵害していないとの判決を下した。I社は,地裁が上記文言の解釈を誤ったとしてCAFCに控訴した。
 ’119特許は,出願番号11/743,430(親出願)からの継続出願である。クレーム中の「高品質及び低遅延の帯域幅」との文言について,「高品質及び低遅延」に関する定義が明細書にないため,この親出願は,審査において実施可能要件を満たしていないと認定された。これに対して,I社は,親出願における図面の記載を根拠として,上記文言を「高品質なサービス接続」に置き換える補正をおこなっていた。
 地裁のクレーム解釈において,I社は「高品質なサービス接続」は,「帯域幅,遅延,パケット損失を含む1つ以上のサービス接続パラメータの品質が,アプリケーションの要求に基づいてネットワーク上で 保証される接続」を意味するという,広い解釈を提示した。
 これに対し,地裁は「高品質なサービス接続」は専門用語ではなく,特許権者による造語であると認定した。そして,’119特許の内的証拠(’119特許の図面の記載,および,親出願において図面を 補正の根拠とした審査経過)に基づいて,地裁は,以下解釈をおこなった。「高品質なサービス接続」は,「少なくとも約1Mbpsの速度を保証する接続」であり,「アプリケーションの種類によっては,約0.00001のパケット損失と1秒未満の遅延を保証する接続」を意味するとして,「高品質なサービス接続」を図面に記載された数値に限定解釈した。  

[CAFCの判断]

 CAFCは,地裁が係争となった上記文言について正しい解釈をしていると認定し,地裁判決を支持した。
 控訴審におけるI社の主張は以下の通りである。実施可能要件の拒絶は明確性の拒絶とは異なり,出願人にクレームの外縁を規定させるために発行されるものではない。したがって,実施可能要件の拒絶に対処するための審査過程における主張は,上記文言の解釈とは無関係である。
 これに対し,CAFCは,以下の様に判示し,地裁判決を支持した。特許制度において,実施可能要件にはクレームされた発明の開示を適切に保証し,開示された発明よりもクレームが広くなることを防止する2つの役割がある。したがって,審査過程におけるI社の主張は,クレーム解釈に考慮されるものであり,上記文言は明細書中の記載の数値に限定解釈される。

(吉川 尚志)

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