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〈中国〉最高人民法院による知的財産権の民事訴訟の証拠に関する若干規定が2020年11月18日施行へ

 本規定は,2016年11月16日に最高人民法院により公布され,2020年11月18日に施行された。この規定は2019年12月25日に改正された「最高人民法院による民事訴訟の証拠に関する若干の規定」をベースにして規定されたもので,知的財産権の民事訴訟における証拠の取り扱いに関する特別な規定となっている。全体として,権利者の立証責任と証拠収集に関わるコストを軽減し,権利者の知的財産訴訟における困難を減じる規定となっている。
  1. 第3条 挙証責任の転換
     方法特許に関して原告の立証ののちに,裁判所は被告に対して立証を求めることができると規定している。従来は権利者にとって方法特許の立証は困難であり,訴訟の障害となっていた。今回の規定では,特許侵害の可能性が高いこと,かつ,その立証のために権利者が合理的な努力をしたことが原告により証明されれば,裁判所は被告(侵害者)に特許を侵害していないことの立証を求めることができる(立証責任の転換)。これにより権利者の立証責任の負担が一定程度軽減する。条件を満たせば必ず立証責任が転換されるわけではなく,裁判所の裁量により判断されることに注意が必要である。
  2. 第4条 合法的な証拠品入手方法の抗弁に対する規定
     中国での知的財産権をめぐる民事訴訟では,製品を合法的に仕入れて,特許侵害品であるとは知らずに使用や販売していた場合は賠償責任を負わないとする中国専利法第70条による抗弁がしばしば使用される(「合法的な仕入れ元の抗弁」)。今回の規定では,合法的な仕入れ元の抗弁の立証要件を明確化した。被告の立証は,合法的な購入経路,適正な価格での購入,供給元等を,入手方法が合法的であることの証拠の提出による。裁判所は,被告の経営規模,専門レベル,取引習慣などに対応した程度の合理的な注意義務を果たしていたかを判断する。この規定により「合法的な仕入れ元の抗弁」の濫用を抑止する。
  3. 第7条 匿名による証拠品購入
     従来は,匿名で購入された証拠品の採否が争われることがあった。これに対して第7条では,匿名で購入した製品と領収書を証拠として使用できると明確に規定した。ただし権利者による証拠収集の際にのみ知的財産侵害行為が実施された場合は除外しており,「罠」による証拠取得の場合を排除している
  4. 第8条〜10条 中華人民共和国の領域外で収集された証拠の要件の簡易化
     域外証拠の要件が簡素化された。具体的には,発行済みの人民法院の裁判・仲裁で採用された証拠,特許文献の公に入手可能な文献等は公証,認証とも不要となった(第8条)。また当事者が信憑性を認めたものは認証不要となる(第9条)。さらに一審の手続きで提出された委任状その他認証を受けた文書に関しては,再度の公証・認証は不要となる(第10条)。域外証拠が必要となる機会の多い外国企業にとっては,公証・認証の手間とコストが下がるため,歓迎すべきものと思われる。しかし本規定のベースとなった「最高人民法院による民事訴訟の証拠に関する若干の規定」より認証の義務が重いとの指摘もある。
  5. 第9条その他 偽証・証拠収集妨害行為に対する罰則の明確化
     偽証(第9条),証拠提出の拒否(第13条,第25条),証拠品の改ざん・分解・隠蔽(第14条,第25条)は,民事訴訟法第111条の規定による処罰を受けることが明確化された。
  6. 第19条,第23条,28条 鑑定等
     裁判所が,専門的な事実鑑定を適切な専門家に依頼することができると規定している。一方の当事者から提出された鑑定結果に他方が鑑定の手続き上の瑕疵を申し立てる場合に,裁判所が主導して技術的な事実確認を進める規定となる。規定に列挙される鑑定の対象事項は専門的な技術事項のみであり,著作権問題の類似性の判断など法的な判断事項は鑑定の対象外となる。また,当事者が関連する専門知識がある者を訴訟に参加させることができることが規定された。
  7. 第26条 裁判所による,秘密情報の漏洩防止義務
     裁判所が,証拠に営業秘密や企業秘密が含まれる場合に,それらの情報の漏洩と,訴訟外の目的に使用されること,秘密保持契約や判決その他法的手段により防がなければならないことが規定された。この規定により,権利者が勝訴したものの,裁判により権利者の秘密が漏洩し,事業上の損害を被る事態を回避する。なお本規定によらず,現状でも「最高人民法院による,知的財産権裁判の機能の十分な発揮による社会主義文化の偉大な発展繁栄の推進,及び経済の自主協調発展の促進における若干の課題に関する意見」第25条等により,裁判所は秘密情報の複製や持ち出しを制限するなど,必要な措置を講じているとの意見もある。
  8. 第31条,第32条 損害賠償額,およびライセンス料算定に使用される証拠
     知的財産権の損害賠償に統一された基準は確立されていないが,本規定により,算定のベースとされうる証拠の範囲は示された。また,賠償額の設定に当たって考慮する要素として,(一)ライセンス料の支払いの有無等,(二)ライセンスの使用の内容や方法等,(三)ライセンシーとライセンサーとの利害関係の有無,および,意見募集稿から追加となった(四)業界ライセンスの通常の基準,も規定され,設定されるライセンス料自体の合理性も考慮されることが明確化された。

 本規定は全33条からなり,意見募集稿からは,以下の条文を含む合計20条分が削除された。
第30条 一審,二審で主張しなかった従来技術が,再審中に主張された場合の先使用抗弁の証拠の不採用
第39条〜第42条 人民法院による専門家の身分・職歴・技能確認,および専門家の意見の取り扱い,専門家が出廷した場合の費用
第44条〜第46条 証拠として提出された電子データの取り扱い
第47条 公証の手続き上の瑕疵を理由とした証拠の排除に関する規定

(参考ウェブサイト)
最高人民法院リリース(中国語)
http://www.court.gov.cn/fabu-xiangqing-272241.html
「最高人民法院による知的財産権の民事訴訟の証拠に関する若干の規定」に対する論評
https://www.chinalawinsight.com/2020/12/articles/intellectual-property/%E3%80%8C%E6%9C%80%E9%AB%98%E4%BA%BA%E6%B0%91%E6%B3%95%E9%99%A2%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%9F%A5%E7%9A%84%E8%B2%A1%E7%94%A3%E6%A8%A9%E3%81%AE%E6%B0%91%E4%BA%8B%E8%A8%B4%E8%A8%9F%E3%81%AE%E8%A8%BC-2/

(原田 亮一)

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