外国特許ニュース

〈ベトナム〉知的財産法改正案について

 ベトナム科学技術省は2020年12月15日,知的財産法改正案を公表し,パブリックコメントを募集しました1)。今回の改正案は環太平洋パートナーシップ協定(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership:以下,CPTPPと称する)やTRIPS協定といった国際協定と整合させることが主な目的となっており,改正案の対象範囲は著作権から産業財産権まで多岐に渡っています。そこで,今回は,特許に関する部分に絞って改正案の内容を紹介すると共に,日本企業への影響を検討しましたので,お知らせいたします。

1.ベトナムの知的財産法改正動向
 ベトナムでは,2005年に知的財産法が制定(2006年施行)され,2007年のWTO加盟後にも知的財産制度の法整備が進められてきました。現行法は,2019年に改正された知的財産権法です。
 日本のように特許法,実用新案法,意匠法,商標法等のような独立した法律に分かれておらず,知的財産法の中にこれらに相当する規定が設けられており,さらに著作権や不正競争等の規定も包含されています。

2.知的財産法改正案の概要
 今回の改正案のうち,特許に関する主な改正案は以下の通りです。

2.1 拡大先願規定の追加
 現行法の第60条第1項では,発明が出願日よりも前にベトナム国内外で書面又は口頭等で開示されていない場合,新規であるとみなす旨が規定されています(発明の新規性)。
 改正案では,いわゆる拡大先願規定が追加予定であること,この規定が先の出願と後の出願の出願人が同一の場合には適用されないことが追加されています。
 この規定が追加されることで,防衛出願を抑制できると共に,自社特許出願の権利化には影響が及ばないため,日本企業にとってはメリットがあると考えられます。

2.2 医農薬品の実験データ保護義務規定改正
 現行法の第128条第2項では,医薬品又は農業用の化学品についての開示されていない試験データその他のデータが提出され販売承認が付与された日後5年間は,当該データを提出した者の許可なしに,当該データ等を使用する後続の申請人に対して,販売承認を付与してはならない旨が規定されています。
 改正案では,CPTPPで規定されている(ⅰ)パテントリンケージ制度2)(ジェネリック医薬品の販売後に,特許侵害訴訟などにより製品の安定供給の問題が生じることのないよう,薬事当局がジェネリック医薬品の承認にあたって,特許の有無を考慮する仕組み),(ⅱ)新規医薬品のデータ保護と整合させることを目的として,(ⅰ)医薬品認可機関が,安全性及び有効性に関する情報を最初に提出した者以外の者が以前に承認された製品の安全性又は有効性に関する証拠又は情報に依拠することを認める場合は,販売承認される前に5か月以内にその医薬品の情報をWebサイトに公開すること,(ⅱ)医薬品に関するデータ保護については10年間とすることが追加されています。
 このように,特許権者が救済を求める期間・機会を提供する規定及びデータ保護期間を延ばす規定が追加されることで,医薬知財保護が強まり,先発医薬品メーカーにとってはメリットがあると考えられます。

2.3 特許の強制実施権許諾の根拠追加,強制実施権の制限規定改正
 現行法の第145条第1項では,特許の強制実施権許諾の根拠として,以下の4つのケースが挙げられており,第146条では強制実施権の制限が規定されています。
(a)特許発明の実施が公益的でかつ非商業目的のためである場合
(b)特許権者等が一定期間,実施義務を果たさなかった場合
(c)発明を実施しようとする者が合理的な時間をかけて適切なライセンス交渉を行ったにもかかわらず,特許権者等と合意に至らなかった場合
(d)特許権者等が法令で禁止されている反競争行為を行った場合
 改正案では,TRIPS協定と整合させることを目的として,特許の強制実施権許諾の根拠として,TRIPS協定に定めた条件を満たした輸入国のニーズに対応するためである場合が追加されています。また,強制実施権の制限規定において,TRIPS協定 第31条の2の規定を利用した場合における強制実施権の制限規定が追加されています。
 これらの追加規定は,国際的なルールである,TRIPS協定の内容に沿うものであり,日本企業に大きな影響を与えるものではないと考えられます。

2.4 無効理由の追加
 現行法の第96条第1項及び第2項では,無効理由として,以下の2つのケースが挙げられています。

  • 登録出願人が登録を受ける権利を有していない場合
  • 登録権利が登録条件を満たさなかった場合
    改正案では,無効理由として,以下の5つのケースが追加されています。
  • 補正にて出願当初の明細書等で開示された範囲を超えて請求範囲が拡大された場合
  • 特許発明が十分且つ明確に開示されていない場合
  • 出願当初の明細書等で開示された範囲を超えて特許が付与された場合
  • 安全保障管理に関する規定に違反する場合
  • 遺伝子資源又は遺伝子資源に関する伝統的知識の非開示又は開示が不正確な場合  このように,無効理由が,具体的に追加されると,無効審判を請求する際の根拠となる事実がより具体的に特定されるので,日本企業にとっては,メリットがあると考えられます。
2.5 その他の改正案
 改正案では,他にも以下の規定が追加されています。
  • 付与前異議に関する時期的要件や手続きに関する規定
  • 審判手続きに関する規定
  • 秘密特許の定義及び取り扱いに関する規定
  • EU/ベトナム自由貿易協定(EVFTA協定)に定めた薬品流通許可書の遅れによる特許権者への補償に関する規定
     一方で,日本企業にとって有益であり導入が望まれる外国語書面出願制度,誤訳訂正制度は今回の改正案では触れられていません。また,ベトナム特許制度の中では第一国出願義務及び秘密特許に関する規定3)が注目されていますが4),5),今回の改正案にて秘密特許の定義及び取り扱いに関する規定は追加されているものの,第一国出願義務の要件緩和までは盛り込まれていません。
     国際第4委員会では,引き続きベトナムの知的財産法の改正動向を注視し,何か新しい情報があった場合も情報発信します。今後ともよろしくお願い致します。

注 記

  1. http://www.noip.gov.vn/vi_VN/web/guest/thong-bao/-/asset_publisher/vTLYJq8Ak7Gm/content/du-thao-luat-sua-oi-bo-sung-mot-so-ieu-cua-luat-so-huu-tri-tue
  2. 日本ジェネリック製薬協会 JGA NEWS 2017年10月114号「パテントリンケージ」
    https://backup.jga.gr.jp/library/pdf/jga-news/114/JGA-NEWS114-14.pdf
  3. ベトナム政府決議122/2010/NĐCPにより修正・追加されたベトナム政府決議103/2006/NĐ-CP
  4. パテント 2013 Vol.66 No.4,ベトナムにおける秘密特許制度,及び第一国出願義務に関する規定について
    https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201303/jpaapatent201303_043-048.pdf
  5. 工業所有権情報・研修館(INPIT)平成30年度新興国等における知的財産関連情報の調査 ベトナムにおける第一国出願制度(2018.11.30)
    https://www.globalipdb.inpit.go.jp/jpowp/wp-content/uploads/2019/05/5d49479a4fc82ccd36a581edc57ed489.pdf
(URL参照日は全て2021年3月4日)

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