専門委員会成果物

特許法112条における特許の実施可能性を否定し,特許が無効であると判示した事例

CAFC判決 2021年5月11日
Pacific Biosciences of California, Inc. v. Oxford Nanopore Technologies, Inc., et al.

[経緯]

 Pacific Biosciences of California, Inc.(P社)は,DNAなどの核酸を配列決定する方法に関する特許9,546,400(’400特許)および特許9,772,323(’323特許)を保有する。これらの方法においては,核酸が基板に形成されたナノメートルサイズの穴を通過する際の当該基板を流れる電流の変化に基づいて,ヌクレオチドの配列が識別または特徴付けられる。P社は,Oxford Nanopore Technologies, Inc.(O社)を’400特許および’323特許の特許権侵害で地裁に提訴した。
 地裁での審理において,陪審員は,O社による’400特許および’323特許の侵害を認めたが,実施可能要件の欠如(特許法112条)により当該特許が無効であると決定した。地裁は,陪審員の評決を支持した。P社は,地裁の判決を不服として,CAFCに控訴した。

[CAFCの判断]

 実施可能性の要件は,特許法112条に記載されているとおり,特許権者にクレームされた発明の全範囲を実施する方法を公衆に教えることを規定している。これによって,「特許の本質的な見返り」を実現する。関連する技術者が「過度の実験なしに」クレームされた発明を実施できない場合,クレームは実施可能とは言えない。通常,次の「事実上の考慮事項」によって判断される:(1)必要な実験の量,(2)提示された指示またはガイダンスの量,(3)実施例の有無,(4)発明の性質,(5)先行技術の状態,(6)当業者の知識,(7)技術の予測可能性または予測不可能性,および(8)クレームの広さ。
 CAFCは,関連する技術者が’400特許や’323特許の優先日(2009年)以前にいくつかの「ナノポア配列決定」を実行する方法を知っていただけでは,実施可能性にとって十分でないことを述べた。
 地裁の審理において,O社の専門家は関連する技術者が特許クレームの方法を実行できたであろうことを証言した。一方で,O社の別の専門家は,2011年までDNA配列するためにナノポア配列決定を使用することは「誰も」できなかったと証言した。
 CAFCは,’400特許および’323特許の優先日より前に,クレームに記載されている核酸の全範囲のうち,狭い範囲を超えてナノポア配列決定を実施する方法を,関連する技術者は知らなかったという判断を支持する十分な証拠が有ると判断した。さらにCAFCは,問題となっているクレームの幅が広いにもかかわらず,実用的な例が非常に狭い場合,実現可能性に影響すると述べた。
 CAFCは,実施可能性を否定するという地裁の判決を支持した。

(藤野 知典)

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